正社員、派遣社員しながら大学院、ニューヨークでインターン、そしてまた日本へ…。「自分流ワーキング」を探して経験を重ねる皆川夏子(仮名・31才)の日記です。めまぐるしく変わる環境と個性的な人たちの中で、彼女はいったい何を見つける!?
   
●2005.11月● 芸術の秋
 
11月3日(木)

昨日、東京証券取引所のシステムがダウンした。どうも朝から株価がつかないな〜ストップ安で値がつかないのかな・・・なんて色々考えていたら実は大事件だったらしい。おかげさまで?!うちには株主からの電話がなく平和な一日だった。

そのシステムサービスを引き受けていたF社は相当な非難を浴びているに違いない。が、そのF社、いいことも沢山している。今日は大好きなJAZZピアニストがなんとNYから来日するということで遠路はるばる名古屋まで行ってきた。今回は全国を数週間かけてツアーしているのだが、そのスポンサーがF社なのだ。毎年毎年スポンサー。F社大好き。1年前にNYのbluenoteで初めて聴いて以来とにかく彼のピアノに癒されつづけてきた1年だったのでまさかNYに行かずして彼の生演奏が聴けるとは!と大興奮していきおいで名古屋のライブを予約してしまったのだが、あとで落ち着いて調べてみたら東京でも公演があることを知った。とにかくキャンセルできないし、東京は普通のホールだけど名古屋はbluenoteでの演奏だし、本当に楽しみにしていた。

1時間以上前から会場前で並び、前から3番目を確保。お目当てのピアノの真ん前に座ることができた。ツウは一番前には座らず、すこし遠目のところに陣取るようだが、そんなことは今日の私には興味はなくただただ1年ぶりの彼の姿をできるだけ近くでみれることだけが楽しみだったのだ。本番、15分前、突如、音合わせに現れた彼はピアノの椅子を下げながら、私に「hello」と言った。私も「hello」と言った。それにすっかり気を良くした私は図々しくも、演奏前だというのに、軽くサインをもらおうとたくらみ、CDジャケットとペンを持って構えていた。ピアノの調整が終わり、戻ろうとしているところをすかさずサインを頼んでみた。「あとでにして」とか断れるのを予想していたが、なんとかなりの好リアクションで寄ってきてくれて話をしながら、わたしのテーブルにしゃがみこんでサインだけではなくメッセージまで書いてくれた。

感激でせっかくのチャンスに何を話そうかと思ってもよくわからなくなってきたので、明後日の東京の公演にも行くということを伝えた。そしたらさらに好リアクションで喜んでくれて話が弾んだ。私がNYに行っていたこと、そこで初めて彼の演奏を聴いたこと、今は帰国して仕事をしていること、彼はマンハッタンのアッパーウエストに住んでいること、彼は日本に20回以上来ていて、日本が大好きなこと、などなど色々話が弾んでもう開演5分前。スタッフが見かねて呼びにくるほど。それでも彼は丁寧に最後までメッセージとサインを書いてくれて本当にジェントルマン。そして演奏が始まった。あ〜NYで聴いた、そしてCDでいつも聴いているあの音色が・・・・夢のようなひとときだった。

 
 
11月12日(土)

今日は上野へ三島由紀夫作の芝居「サド侯爵夫人」を観に行きました。会場の外では日が沈む時間を待って映像と光と音(作曲:三枝成彰)の演出が始まり、三島由紀夫へのオマージュとして描かれていて幻想的ないい味を出していました。

三島由紀夫といえば没後80年とかで今年は話題にのぼっているみたいですね。彼は昭和1年に1歳だったのでまさに昭和とともに生きた人といえるのでしょうか。つまり昭和が続いていたら今年は80年目なのですね。いつ頃からか三島由紀夫を断片的に知るようになって、私はすこしづつ興味が湧いてきていたようです。三輪明宏とのあやしい?関係や市谷での割腹自殺などハードな印象が強い彼ですが、母親のことを「おかあちゃま」と呼んで慕っていたなんて聞くと、ナヌっ!かわいいじゃないの。とか思ったりもして。とにかく話題はつきない不思議な人、という印象でした。そしてすこしづつでいいから彼という人間を理解したい、いや、しなくては、なんて思い始めていたのも事実です。

そんな背景からか、はからずも三島由紀夫の自伝的小説と澁澤龍彦のエッセイを読み終わったところで、この芝居を観ることになったのは本当に不思議な偶然です。そしてちょうどその三島の小説を読んでいるときに、新宿の「どん底」にもたまたま行く機会がありました。すべて偶然だなんてすごいな。とにかくそんなわけで、ここのところ急激に三島情報が頭に詰め込まれた私は「どん底」に偶然連れていってもらえたのも嬉しかった。ちなみに三島由紀夫は実の母親といる時間よりも風変わりな祖母の一存で軟禁状態で一緒にいさせられたことで相当普通じゃない幼少期を過ごしたようなんだけど、なんとその、普通じゃない祖母の名は、「夏子」(笑)。さらにちなみに、私は彼の本名「平岡公威」が大好き。とにかく、今日のお芝居も相当楽しみでした。

博物館の一室に設置された舞台というのもいい味を出してテーマの背景にマッチしていた。女4人芝居。舞台はずっとかわらず、サド公爵夫人の実家(フランス)のサロン。コシノジュンコデザインの衣装は10年前くらいのジョンガリアーノとゴルチエのショーを彷彿とさせた。いってみれば優雅なキテレツ系。ずっと台詞が続く。こっちも色々考える。さらに台詞が続く。こっちもさらに色々考える。・・・・この繰り返しだった。フランス革命という大きな時代のうねりと日本の第二次大戦という大きな時代の転換期を重ねて描いている。。とか批評にあるけれど、ほんとにそういうのってあるのだろうね。その時代に生きた人にとってはどうしても考えてしまう!みたいな強い思考が。

ひるがえって考えてみればいまだって結構IT革命20年の折り返し地点とか言われていて、かなりうねってると思うな。だって新聞でマイクロソフト社が最近発売したゲーム機を一番に買いにきた人を拍手で迎えるビルゲイツの写真があったけどどうみてもタダのオタクが拍手している風にしか見えないし、そういう世が世ならただのオタクとしか呼ばれなかった人がIT長者に続々となっているなんていうのは、うねっているよな〜。オタクじゃない人たちがあまり元気がない気がする今日この頃。あんまり関係ないけど三島由紀夫原作の映画「春の雪」が公開されているけど、ヨン様の「四月の雪」とネーミングがニアミスだよね(笑)調整したのかね。でも、韓国語の原題「外出」の方が意味深で好きだなあ。ヨン様のこの映画とてもよかったし。

 
 
11月25日(金)

今日はNYはサンクスギビングのパレードをしていたとTVでやっていた。見ると、PUFFYが山車に乗って手を振っているではないか!!彼女たちのUSAでのアニメは私が帰国する数ヶ月前から突然大広告がうたれてぎょっとしたのを思い出す。NYの街中を走る路線バスのボディ全体に二人の顔とイラストがデッカク描かれていたり、地下鉄の入り口にも沢山広告が目に付いた。いったいどうしちゃったの?!が第一印象だった。

もしかして、日本の広告代理店が一仕事始めたのかしら。。。とか一人で色々考えていたのだけど、そういうことでもなく、このアニメチャンネルの社長がPUFFYにほれ込んで売り出しをかけたというのが本当のところらしい。そして1年後の今日、その売り出しがものの見事に成功して、NY市民が一番楽しみにしているといっても過言ではないこのパレードの山車のひとつになるなんてなんと素晴らしい!売りたいものを売る、とはこのことか、と妙に納得。

 
 
11月26日(土)

最近ちょっと疎遠気味だったケニアの話題を新聞で目にした。独立後初の国民投票が行われたとのこと。しかも結果は否決とのこと。全然最近はウォッチしていなかったので何の投票なのかも全然知らなかった。いちおうケニアに関する論文で修士号をとった私なのに最近はM&Aやら投資家対策やら、すっかり世界が移ってしまったのだなあ。記事の最後に、投票所では賛成の場合にはバナナを、反対の場合にはオレンジを選ぶという方法がとられたと書いてあった。かわいい〜!なんてアフリカ人はユーモアに溢れているんだろう〜、なんて思いながら、次の一文を呼んで衝撃を受けた。「ケニア国民の3分の1は文字が読めない」 確かにアフリカはまだまだ文盲率が高い国が沢山あるのだった。そんな事実でさえ、記憶のかなたにいってしまっていた自分がちょっと恥ずかしかった。

そして、ケニアの友人たちの顔をひとりひとり思い浮かべた。彼らは文字どころか英語も自分の民族の言葉もスワヒリ語も話せるエリート達だった。でもそんなエリートでも職がなくて困る国でもある。そんな彼らはいまどうしているんだろうか。

 

(12月へ続く)