私ときどき映画について後悔する。「どうしてもっと早くこの映画をみておかなかったんだろう」と。『モンドヴィーノ』は久しぶりにそう思わせてくれた映画だ。これはワインについての世界の実情や、製造者の哲学など示唆に富んだ内容でとても興味深い。
前に読んだ養老孟司さんの本の中に「人に対しても自然に対しても“手入れ”をするということが大切だ」みたいなことが書かれてあった。彼曰く、日本の昔からの自然とは、野放しの野生のことではなく、適度に手入れされた自然を指すのではないか、最近「手付かずの自然」がもてはやされることがあるが、これは本当によいものなのか?みたいなことを書いている。つまり、これだけ人間がはびこっている世界で、きまぐれで「手付かずの」場所を作ってみても、実はほかからのしわ寄せがここにも影響していて、ケアすべきことを怠ったただの「放置」に過ぎないのではないか、というような意味だと思います。それは人間にもあてはまり、生まれながらの自然な状態の子供に、親はその子に合った、「手入れ=教育やしつけ」をしてあげることで、その子は育っていくとのこと。(子供は親の所有物ではない、ともおっしゃっています)
この“手入れをする”という言葉がずっと気になっている。この映画を観て、またその言葉が頭をよぎった。「土地の手入れ」「ワインの手入れ」とはどんなことであり、歴史上どんな風に行われてきて、現代はどう行っているのか。「手入れ」の方法は千差万別であり、良し悪しではない。ワインを作るとき、現代の生物化学の叡智を結集した「手入れ」の方法もあれば、昔ながらの「手入れ」の方法もある。どちらが正しいとか正しくないとかではない。そういえば、うちの会社で扱っているワインにも扱おうとしている人にも2種類が存在する。考えてみれば世の中すべてのことにあてはまるなぁと感じた。そしてまた考えてしまった。自分にとって「手入れ」ってどんなことだろう